信州松代観光情報ホームページ


 
ふるさと松代人物館

わたしたちのふるさと松代からは、日本近代の発展に尽くした数多くの人物が育っています。2010松代イヤー実行委員会では、NPO法人夢空間の協力を得て、松代の風土を愛し、新たな世界を切り拓いていった先人たちをイラスト画によって紹介。その足跡を尋ね、学びながら、新たな明日を創造していくための企画を実施。今年度はあらたに5人の先人たちを顕彰する案内看板を作成し、それぞれのゆかりの郷地に立てさせていたださました。今後さらに多くの先人たちを発掘顕彰し、まちづくり、人づくりのために役立たせていきたいと考えています。
2010松代イヤー実行委員会

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元込連発銃を完成、
黒船来航時の銃器改良

片井京助
かたいきょうずけ

天明5年(1785)~文久3年(1863)

軽井沢に生まれ、鍛冶片井家の養子となって松代に移り、御用鉄砲鍛冶として「早打鉄砲」を考案。江川太郎左衛門の門下で洋式砲術を学び、傍装雷火銃や元込め式迅発撃鉄、雷管式4連発銃、空気銃などを製作、黒船来航時の銃器改良に貢献した。




侍医頭とじで大正天皇に
 信頼された宮中医師

片山芳林
かたやまほうりん

安政2年(1855)~大正10年(1921)

江戸南部坂の松代藩邸で生まれ、黒船来航時の慶応2年(1866)松代に帰る。内科・外科の医術を学び、宮内省侍医となり、明治27年、在官のままドイツに留学。帰国後、東宮付きの侍医に。大正3年、侍医頭、同8年、退官し宮中顧問となる。




象山、常山の師
武芸に通じた朱子学者

鎌原桐山
かんばらとうざん

安永3年(1774)~嘉永5年(1852)

19歳で家督を継ぎ、家老として真田家三代に仕えた。学問を好み、岡野石城らに学び、江戸では昌平黌儒官佐藤一斉に師事。武芸全般に通じ、私塾朝陽館も隆盛を極めた。松代三山の一人で東条天王山に佐藤一斎撰文の桐山鎌原氏碑がある。




四代目境川を継いだ
江戸大相撲力士

君ヶ嶽助三郎
きみがたけすけさぷろう

文化11年(1814)~安政元年(1854)

天保6年(1835)正月、序ノロで江戸大相撲の初土俵。天保13年、三代目境川の養子となり、四代目境川を継ぎ、年寄と現役力士を兼ねた。嘉永4年(1852)松代藩お抱え力士となり、翌5年11月場所では自己最高位の前頭筆頭となる。松代町東寺尾出身。




童謡作曲家
「夕焼け小焼け」「汽車ぽっぽ」

草川 信
くさかわしん

明治26年(1893)~昭和23年(1948)

長野中学卒業後上京、安藤幸子(バイオリン)、弘日竜太郎(ピアノ)の指導を受ける。大正10年「赤い鳥」童謡運動の鈴木三重吉と出会い、同誌を中心に、「夕焼け小焼け」や「ゆりかごの歌」など美しい旋律で親しまれる作品を多数発表する。




壮絶な玉砕を遂げた
硫黄島戦最高指揮官

栗林忠道
くりばやしただみち

明治24年(1891)~昭和20年(1945)

敗戦間近な昭和19年(1944)、総指揮官として、硫黄島に赴任。圧倒的戦力の米軍と激烈な攻防戦を展開、玉砕した。日本の将来や家族を思い綴った書が後に本や映画となり、軍人の生き様、戦争の愚劣さと平和の大切さをいまに伝える。




日本の通信事業発展に寄与
大正の鉄道大臣

小松謙次郎
こまつけんじろう

文久3年(1863)~昭和7年(1932)

松代藩士横田数馬の次男で、のち、小松家を継ぐ。3歳で「三字教」を学び、7歳で寺子屋に通う。東京帝国大学を卒業、司法省に入り、後に逓信省に移って逓信局長・次官となり、電信電話事業の発展に寄与。大正13年(1924)、鉄道大臣に就任している。




学位論文で博士号を得た
日本最初の人・植物学者

斉田功太郎
さいだこうたろう

安政6年(1859)~大正12年(1923)

東京帝国大学大学院卒業後、高等師範学校の教授となる。明治24年(1891)「東京及び付近の淡水藻類」論文で理学博士となる。これが学位令に基づくわが国初めての博士号の授与となった。著書に『大日本普通植物誌』などがある。




兵站軍医部門で活躍の
一等薬剤官、薬学者

酒井甲太郎
さかいこうたろう

慶応3年(1867)~大正9年(1920)

母の反対を押し切って上京。苦学して薬学士となり、陸軍薬剤官、軍医学校教官、医術開業試験委員などを歴任。義和団の乱(北清事変/明治34年)や日露戦争(明治37・8年)の際は、兵粘医部門に所属。傷ついた兵士たちの手当を準備した。




童謡作詞家
「子鹿のバンビ」「マロニエの木陰」

坂口 淳
さかぐちじゅん

明治41年(1908)~昭和49年(1911)

明治41年(1908年)~昭和49年(1974年)昭和12年(1937)キングレコード専属作詞家となり、ヒット曲「マロニエの木陰」を作詞。応召されビルマ・タイを転戦。戦後、中山晋平とのコンビで童謡・新民謡を発表。「子鹿のバンビ」(作曲平岡照章)などの大ヒット曲がある。



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