信州松代観光情報ホームページ


 
ふるさと松代人物館

わたしたちのふるさと松代からは、日本近代の発展に尽くした数多くの人物が育っています。2010松代イヤー実行委員会では、NPO法人夢空間の協力を得て、松代の風土を愛し、新たな世界を切り拓いていった先人たちをイラスト画によって紹介。その足跡を尋ね、学びながら、新たな明日を創造していくための企画を実施。今年度はあらたに5人の先人たちを顕彰する案内看板を作成し、それぞれのゆかりの郷地に立てさせていたださました。今後さらに多くの先人たちを発掘顕彰し、まちづくり、人づくりのために役立たせていきたいと考えています。
2010松代イヤー実行委員会

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尊王攘夷を藩是に確立
維新後は教育界に貢献

長谷川昭道
はせがわしょうどう

文化12年(1815)~明治30年(1897)

幕末混乱期に藩論を尊王攘夷にまとめ、藩主に勤王の藩是に確立させた。維新後は、大学校設立を建言。学校掛として大学創立の調査に当たり、太政官権大史となり教育界に貢献。『皇道述義』『九徑談総論評説』などの著書がある。




独力で展示資料を収集
逓信博物館の創立者

樋畑雪湖
ひばたせっこ

安政5年(1858)~昭和18年(1943)

明治8年(1875)上京し、浮世絵の富岡半六、洋画の川上冬崖に師事。母の病気で急櫨帰郷、逓信省に勤め、独力で古い郵便資料を収集収蔵し、郵便博物館を設立する。郵便切手改正意匠図案審査会幹事。著書に『日本郵便切手史論』などがある。




レルヒ少佐からスキーを学び
スキー技術普及に力を注いだ

堀内文治郎
ほりうちぶんじろう

文久3年(1863)~昭和17年(1942)

陸軍大学を卒業後、同校教官・台湾総督府副官・大本営陸軍部副官等を歴任。明治44年(1911)高田連隊長時代に、陸軍省の指示でオーストリア軍人テオドル・レルヒ少佐からスキー技術を学び、これを普及。『陸軍沿革史』を執筆、書も堪能だった。




新時代の女性として輝いた
日本初の近代演劇女優

松井須磨子
まついすまこ

明治19年(1886)~大正8年(1917)

坪内逍遥の下で演劇を学び、帝国劇場などで発表した「ハムレット」「人形の家」などに主演、人気を博す。恩師島村抱月とともに芸術座を旗揚げ。「復活」公演の劇中歌「カチューシャの唄」が大ヒット。日本初の近代劇女優として話題をさらい一世を風靡するが、恩師抱月がスペイン風邪で急逝。その後を追って自死する。




毎日新聞「余禄」を1万回
書き続けた気骨の新聞人

丸山幹治(侃堂)
まるやまみきじ(かんどう)

明治13年(1880)~昭和30年(1955)

明治13年(1880)~昭和30年(1955)
家業の農業を捨て、新聞記者を志し上京。日本新聞社に入社。大阪朝日、読売、大阪毎日などで要職を歴任。昭和11年、東京日日で「余録」を担当。 25年間1万回をこえる執筆となった。新聞文化賞受賞。長男は政治学者丸山真男。




芳崖や雅邦などを育てた
狩野派松代藩絵師

三村晴山
みむらせいざん

寛政12年(1799)~安政5年(1858)

父は松代藩絵師三村養益。和漢の学を学び、歴史考証等にも通じ、13歳で藩絵師に抜擢された。国事にも関わり、佐久間象山や勝海舟との交わりも深い。狩野派の画風をよく継ぎ、雅信時代には同家塾頭として、狩野芳崖や橋本雅邦などを育てた。




日本住血吸虫撲滅に尽くした
寄生虫学の創設者

宮入慶之助
みやいりけいのすけ

慶応元年(1865)~昭和21年(1946)

ドイツに留学、ローベルト・コッホについて細菌学・衛生学を学ぶ。帰国後は、福岡医専(現九州大学医学部)教授となり、寄生虫の研究に取組む。大正2年(1913)、日本住血吸虫病の中間宿主ミヤリガイを発見、駆除撲滅に尽力した。




「松代雅楽」の育成者
陸軍省翻訳官

宮島春松
みやじまはるまつ

嘉永元年(1848)~明治37年(1904)

陸軍省翻訳宮として、フランス式兵書を多く翻訳。雅楽を学び、三宅雪嶺、岡倉天心らのすすめで東京で雅楽協会を組織、公開演奏を行う。郷里松代で後継者を育成、50余曲を作曲し「松代雅楽」を日本3大雅楽の一つに育てる。




黒死病(ペスト)を研究し、
伝染病予防に尽くす

宮本 淑
みやもとしゅく

慶応3年(1867)~大正8年(1919)

帝国大学医科大学で医学を修め、明治27年(1894)香港に渡り、黒死病(ペスト)を研究。帰国後、東大助教授、東京市駒込病院長に就任。同32年、ドイツヘ留学し細菌学を専攻。帰国後は伝染病予防に尽くした。東大教授、俳人正岡子規主治医も務めた。




わが国最初の本格的な
仏和辞典「仏語明要」を編纂

村上英俊
むらかみえいしゅん

文化8年(1811)~明治23年(1890)

天保12年(1841)、真田家縁故の姉に招かれ松代の町医となり、嘉永3年(1850)松代藩の藩医となる。藩主幸貫に抜擢され、江戸で欧米語を研究。わが国最初の本格的な仏和辞典「仏語明要」(ふつごめいよう)を編纂する。



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