信州松代観光情報ホームページ


 

史跡・博物館等

史跡 大室古墳群

【史跡指定地は、延長1,400m、面積は約17haです。】 史跡整備計画では、史跡内を7つのゾーンに分けて、それぞれの特徴に応じた整備を目標としています。 【ここから史跡上部までは、歩いて30分ほどです。】 古墳の見学だけでなく、林の中の山野草やニホンカモシカなど、史跡内の豊かな自然環境を体感してみてください。 史跡内のほとんどは未整備のままです。安全には充分お気をつけください。 ○古墳や樹木を傷つけないようにしてください。 ○指定場所以外へ車を乗り入れたり、止めたりしないでください。 ○ゴミはそれぞれ持ち帰リましよう。 ○火気には十分注意しましよう。 ○施設や備品を大切にしてください。 ○他の利用者の迷惑になる行為をしないでください。



恩田木工民親像

恩田木工民親(1717-1762)  恩田木工氏親は、松代藩財政の建直し充実をはかリ優れた民政を行った人として、また江戸時代の経世家として名高い。  享保2年松代に生れ、30歳で家老職となり宝歴7年(1757)真田家第6代藩主幸弘公に抜擢され、41歳で家老職勝手掛となって窮乏する藩財攻建直しを命じられた。  民親は正義を政治の基本として自ら虚言しないごとを契り、財政窮乏を救う道は倹約が第一であるとして自ら実行し、納税法の改正荒地の開墾、養蚕殖産興業をすすめ 一方詩歌・音曲を奨励して生浩に楽しみを与え、民生の安定をはかり藩財敗の建直しを成功させた。  しかし、宝暦12年(1762)在職僅かに5年46歳で病没した。墓は松代町田町の長国寺にある。民親の事績は『日暮硯』によって、すでに江戸時代に全国的に知られ、その写本が流布した。 松代史跡文化財開発委員会



開善寺経蔵

 仏教の経典を収納するこの経蔵は、万治3年(1660)に建てられたことが、棟札により知られている。  建物は、6.4メートル四方の主屋の周囲に裳階(もこし)と呼ばれる庇を廻らした一重の茅葺方形(かやぶきほうぎょう)造りです。庇の桟瓦(さんがわら)は、江戸時代末期ごろに替えられたものとみられる。  主屋には、正面と背面の二か所に桟瓦(さんがわら)戸を、一部に連子窓(れんじまど)(格子入忠窓)を設けるだけで、間ロ部を少なくした板蔵の一種です。内部は一室空間の板敷、格天井をあげ中央に八角形の輪蔵(りんぞう)を据ている。わが国の仏教寺院の中でも輪蔵を備えた経蔵は極めて少なく、江戸時代初期の貴重な存在となっている。 開善寺 長野市教育委員会 建造物 開善寺経蔵 長野県宝 昭和41年10月3日指定



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願行寺










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