信州松代観光情報ホームページ


 
じっくりゆっくり 歴男歴女コース

1. 真田宝物館




旧松代藩主真田家から寄贈された家宝の武具、調度品、文書、美術品などを所蔵。重要文化財の「青江の大太刀」、豊臣秀吉・石田三成・徳川家康・武田信玄らの書状など、大名家ならではの興味深い史料が多数展示されています。

2. 真田邸(新御殿)




江戸時代末期(元治元年=1864年)に、松代藩9代藩主 真田幸教が当初 義母お貞の方(貞松院)の住居として建築し、やがて隠居した幸教の住居となり、明治以降は、真田家の私宅となりました。昭和41年(1966年)には真田家伝来の宝物とともに、長野市に譲渡され、今に至ります。
 敷地内には主屋(御殿)と表門、7棟の土蔵などの附属施設に加え、庭園が一体の...
3. 旧樋口家住宅




●樋口家の歴史
 旧樋口家は江戸時代、松代藩10万石を治めた真田家の家臣として、藩の目付役などを務め、江戸時代末期は禄高が、230石でした。
 樋口家歴代の墓所は長国寺にあり、その歴史は、樋口家文言『樋口家譜略伝』(明治14年)によると、甲斐武田家の家臣であったと伝えられ、家紋は三つ鱗紋を用いていました。
 樋口家が当初に住んでいた場所は不...
4. 松代藩文武学校




国指定史跡旧文武学校
概要
 松代藩・八代藩主の真田幸貫は、文武の奨励を目的として、嘉永四年(1851)に松代藩の藩校である文武学校の建設準備にとりかかりました。九代藩主・幸教は、幸貫の遺志をついで学校建設に着手します。
 建物は嘉永六年(1853)に完成しました。しかし、藩主の居宅である花の丸御殿の火事などにより、開校は安政二年(1855)まで...
5. 象山神社




幕末の先覚者・佐久間象山をまつり、全国の教育関係者の尽力により昭和13年に創建されました。総桧材桃山式流造の雄大な本殿を中心に、象山が幕末の志士たちと国家の時勢を論じたという高義亭、京都から移築した茶室・煙雨亭、象山宅跡、生誕の碑、生誕200年を記念して建立されたブロンズ像などがあります。

御祭神 佐久間象山(さくまぞうざん)について
...
6. 山寺常山邸




 山寺家は松代藩で知行160石の中級武士の家格でした。江戸時代の終わりには山寺常山を輩出し、鎌原桐山(かんばらとうざん)、佐久間象山とともに松代の三山と称えられました。常山は号で幼名を久道(ひさみち)、のちに信龍(しんりゅう)と名のり、通称を源太夫(げんだいゆう)といいました。
 常山は若かりし頃、江戸に出て儒学者佐藤一斎(さとういっ...
7. 象山地下壕




松代大本営地下壕は、舞鶴山(まいづるやま)(現気象庁松代地震観測所)を中心として、皆神山(みなかみやま)、象山(ぞうざん)に碁盤の目のように掘り抜かれ、その延長は約十キロメートル余りに及んでいます。

ここは地質学的にも堅い岩盤地帯であるばかりでなく、海岸線からも遠く、川中島合戦の古戦場として知られている要害の地です。
第二次世界大戦の末...
8. 大英寺




大英寺の歴史

 皓月山大英寺は、松代藩初代の藩主真田信之が、その奥方であった小松姫(大連院殿)の菩提を弔うために建立した寺である。
 小松姫は徳川家の重臣本多忠勝の娘であり、しかも徳川家康の養女となって嫁いだので、信之を助け大変立派な奥方だといわれたが、元和6年に小松姫が亡くなると信之は大変に落胆して嘆きもひとしおであった。
 小...
9. まち歩きセンター




まち歩きを通じて松代を楽しみたい方々の情報センターとして、また、地元の人々との交流センターとして、活用されている施設。松代案内の本などもある。

休み/年末年始。(問合せ026-285-0070)




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松代文化財ボランティアの会
旧白井家表門での湯茶の接待、町内ガイド、真田宝物館ほか
文化施設での展示説明等を行っています。ガイド予約も受け付けます。
お問合わせ/
TEL・FAX 026-278-9010(受付10:00~15:00)

日本100名城スタンプ
日本100名城スタンプの設置場所は真田邸の受付です。

象山地下壕の休みについて
象山地下壕は、毎月第3火曜日はお休みです。